泰國紀行 その2

本日は泰國の観光地を巡りました。
日本よりも開かれていたり、多言語での説明がなされていて観光の整備状況は進んでいるように感じました。
そんな中、私が最近とみに思うのは西洋人の立ち振る舞いの異様さです。
観光地は得てして文化や歴史を継承するための物であったり、そういった要素が強いところに魅力があると思います。
ですので、その国においては地方などからも観光を含め生涯に一度の巡り箇所としてとても神聖な場で有るもので有ることが多いと思うのです。
そのような場での敬虔な態度にはこちらも敬意を表してた態度を取る必要があると自然に思う物かと私なんかは思うのですが、西洋人は至ってマイペースでお祈りしている人々を単なる興味のまなざし等で写真撮ったりしているの姿には文化度が低いのではないかと思うのです。
現実的には西洋人には長い歴史を有していない国家がいない為、畏怖する心が弱いのではないかと考えています。
よって、歴史的建造物等に魅かれることもあって、良く立ち寄るのでしょうが、そこでの立居振舞はあまりにも礼を失しているように思います。
それでも体力も有、武力および経済力も有る西洋諸国は何とも言えない存在感を示すので、忸怩たる思いの現地の方は多いのではないかと思います。

私もそのような時期も有ったので何とも言えないところが有りますけれども、西洋文化を押し出すことはどの国の若者にも魅力的に映ることがあって、魅かれてしまう面も否定できません。
ただ、その後自国の歴史を学び誇りを持てば共存する方法を考えられるようになるものと思います。

西洋の方におかれても自分たちのペースではなく、その地で育んだものに敬意を表して、「郷に入っては郷に従え」の文化を身につけてほしいと願う次第です。
もう一つ気になりますのは、その影響とは別に国家の歴史観が本当に短くなってしまったことも有り、お隣の中華人民共和国の方々の観光地での立居振舞も同様な面があるように感じつつも有ります。

 
そうは言ってもチャールズディケンズが言った通り、
「自分がしてほしいと思うことを

人に施す努力をせよ。

もし相手がそうしてくれなくても、
がっかりする必要はない。

あなたが相手を
がっかりさせるよりはずっといい。」

という事を自分自身は実施していこうと思います。