学び続ける意味

今週も人との交流の中で気付きが多く有りました。
その中でも幼い頃に学ぶ意味について教わったという言葉がとても印象に残りました。
それは『決めつけをしない為には学ぶことだ』と言う主旨の話でした。

いつの時代も思考を止めたり、浅はかになると、簡単に結論を求めるようになり、結果として安直な結論を受け容れてしまいます。
それによって現状も生まれているのが、多くの分断だと感じています。
自分の感情にとって都合の良い物ばかり集めても長期的に見てよいことは有りません。
反対意見もしっかりと聞いた上で、自分の意見を必要に応じて修正することが肝要だと考えています。
少しでも主張を否定されたり、コメントを加えられることが人格否定のように捉える人が増えているのも議論に慣れていない証左で有り、学びの機会が欠落しているように感じます。
社会にはいろんな方が居ます。
自分は一人で80億の人は全て他人とも言えます。
その中で自我を通し続けるのは無理が有ることは自明の理だと思います。
歴史に学び、人間の感情を知り、根源的・長期的に思考を深めることがいくつになっても大切です。
新たな言葉も生まれ続けますし、言葉の意味合いは時代によって変化もしています。
学びが止まることは有りません。
新たなツールは生まれ続けます。
これらへの関心が止まってしまうと自己の成長や調和力も下がってしまいます。

いつの時代も好奇心を持って取り組み、新たな知識を得ることを避けることが無いようにしておきたいと思います。
勿論、全ての知識を得ることは不可能ですし、自分の思考時間は大切なので、知識を得ることを目的化するつもりは有りません。
さまざまな意見と対話を深めながら、自分自身の意見を確立してまいります。
これは、生涯に亘り実施し続けなければ、万物は流転しますので、真理と言えども表現方法などは学び続ける必要を感じています。
感染症とは異なり、異なる意見に対してのアクションが断絶や分断では、人類としての発展・充実は臨めません。
より多くの方が、寛容になり対話を途絶えさせないで済むためにも、学び続けることの大切さを率先垂範して示してまいります。