最近、無料の範囲でAIを色々と活用しています。
情報管理の関係から業務での活用は出来ていませんが、有能なことは実感しています。
遅ればせながら、多くの職種がAIによって大きく変化していくことは間違いないことを確信しました。
触るほどにAIの限界も感じています。
有能ではありますが、言われたことしかできません。
ある程度、周辺情報までは忖度してくれてはいますが、偶発的な組み合わせや出会い、刺激は発生しないようです。
それでも有能であることは間違いないので、今後も大いに活用してまいる所存です。
各社の経営陣にも聞いてみますと様々な形でAIを導入されており、自分達に合った形で活用を検討することが何より大切であることも学びました。
AIを活用するには自分の頭で考える能力が必要です。
そもそも指示にのみ従う、マニュアルを求める人は、一般的にAIに使われる人になってしまうことでしょう。
既に、様々な環境で指示をコンピュータから受けている方も多いようにお見受けしています。
そのような方は、AIを活用するのではなく、AIを通じて業務依頼をすることが双方にとって良いことにもなりそうです。
実業を抱える人間は、間違いのないAIの指示に従う場面や確認をすることが有用なことも多く有るので、組み合わせがいかに重要であるかと考えています。
AI活用にも量質転化があることが感じられますので、相当のトレーニング期間を持って本格導入に備える所存です。
AIによって奪われる仕事はそもそもあまり人間がやるべき業務では無かったのかもしれません。
大きな枠組みで行きますとドライバーもAIもツールであるという点では同じです。
人間が何かの作業をする際に場面によっては、大いに有用ですが、何の役にも立たない場面も有ります。
そこを見極めて適切なツールを採択することが出来るのかが、人間のやるべき仕事だと考えています。
佐久間象山が言われたという『技術に心は有るか』の言葉通り、AIなどツールが万能なことは無くそれをどのように活用するのか思考できる人間がとても大切です。
目的と手段がありますが、目的のために手段があるはずなのに時折、手段が有るから目的を設定するケースがあります。
学生の時に見たドラマではこれを『暴走』と定義していました。
正になんでもかんでもAIを活用してしまうのは『暴走』のようなもので、適切な生き方とは思えません。
効能を可能な限り正しく理解して、その影響の範囲を掴み活用していく知恵を持ち続ける必要が有ります。
包丁は料理にも活用できますが、人殺しも出来るのと同様です。
以前、神道や明治維新時の教育が大東亜戦争を生み出したとして、東洋思想を学ぶ必要が無いという論調がありましたが、この意見が本質を捉えていないようにツールはどのように活用するかを常に考えていくことが大切です。
今は、AIが大いに着目されていますが、蒸気機関が発明された時も電気もインターネットも同様に人間社会に大きなインパクトを与えましたが、人間の本質を変えたわけではありません。
歴史に学び、ツールと人間社会をしっかりと理解して経営に還元してまいります。
今週は偶発的な人・本・食べ物と出会いに刺激を受けました。
これは、AIでは決してできない体験です。
勿論、その背景にはAIを活用した効率的な移動手段も有りますので、AIを除外しているわけではありません。
多くの会合場で、若手とは言えない世代となってまいりました。
改めて人間的成長が何より必要な事を感じつつ、最新のテクノロジーも学んで参ります。
大切な『宇宙の摂理』と『人間の把握』の為にも継続して古典に学び続けます。