読書の習慣

本を読む事に抵抗が無いのは何故なのか分かりませんけど、幼い頃から本自体は読んでいました。
勿論それ以上に漫画も読んでいたので優等生というような勉強目的ではありませんでした。
横山光輝の三国志を読んで、原作の吉川英治の三国志を読むなどは自然の流れであったようにも思います。

今月の致知では読書の習慣がある児童は勉強時間が少なくとも試験などの対応ができることが、科学的に証明されているとのことでした。
私は親から本を読むように言われた記憶は無く、ただ家にあったので読んでいたと言うだけでしたけど、それによって救われていた事を今更ながらに知りました。
我が子を見てみると読んだ本の大半を我が家ではなく会社に置いていることもあり、あまり手に取られていないかもしれません。

私自身も読書に関して意識の変化が生まれてきました。
アスペンでの経験によるものですけど、情報を取るための本と思考を深める本では質が大きく異なる事を感じてきています。
最近の本はほとんどが情報としての本であるように感じます。
やはり古典と呼ばれるものは多くの人によって選定されているだけあって、深く考えさせてくれるものが残っていると感じます。
古典を読むと大いに疲れますけど、達成感も強くなります。
情報としての読書はそれはそれで必要とは思いますけど、出版が容易になったせいかあまりにも本が溢れていて、ある程度ソーシングされないと選ぶ側も困惑してしまいます。
新しい語彙を覚えていくことは脳の刺激にとても良いことと教わったので、資格試験で専門分野の表現を知ることもやはり良い事である事を確信しました。
資格も幅広く取ることで自分の可能性とともに仕事の展開にも良い影響を与える事を知り得たのは会社にとっても良いことだと思います。
知的好奇心を育むことが良いことであると確信して、社業に勤しんで参ります。

今週は中学から知り合った仲間の親父さんの葬儀に参列してきました。
福島出身のご両親は私にとても優しく接してくれました。
高校生で喫煙をしていた我々は良くその仲間の家に溜まり親父さんにお目こぼしを頂いていました。
更には朝までゲームなどをしていると翌朝には小遣いまで貰うこともありました。
大学生になると敷地が広いその家は更に多くの仲間で溢れかえるようにも成りました。
ご両親の人柄によるものなのだろうと思います。
三年ほど前の私が出陣した野馬追の見学にもお越しになりました。
閲兵式のところで総大将に声かけするのは周りの人も多くいるので、初めての方には大変なのですけど、私の同級生では無く親父さんが大きい声と積極的な行動力で見事に辿り着いてくれました。
10人兄弟の8番目で生まれ東京に出てきて会社を一代で築き上げ、三人のお子さんを立派に育てられ、孫も七人いらっしゃいました。
社業を同級生の兄貴継いだからは業界発展の為、尽力されていました。
二回受勲もされていました。
さもありなんと感じます。
時間の調整も出来たので、通夜と告別式と両方参列させて頂きました。
出逢えたことに深く感謝しています。