現役組として戦い続ける

『不安な個人、立ちすくむ国家』
http://www.meti.go.jp/committee/summary/eic0009/pdf/020_02_00.pdf

お取引先に紹介されて見た資料が上記のものでした。

経産省の若手が作成されたとのことで、示唆に富むもので有ると感じますと共に世の中に評論家が増えすぎていることと、何かあれば改革を求めていることを実感させる寂しいものでもありました。
今の日本のおかれた状況は悲観すべきものなのでしょうか?
諸外国に比べてとても恵まれた環境に有ると思います。
1980年代の日本と比較すれば出来なくなったことは多分にあることでしょう。
それは世界の趨勢の中で稀有な環境におかれていたと言う背景を無視しているもしくは世界の趨勢を理解していないことの表れであるように思います。
大東亜戦争後の70年で如何に歴史が分断され、短いスパンでしか物事を考えられなくなっている習慣が身についてしまっているのかも知れないことを感じます。
もしかすると以前から人生の現役期間30年程度で考えてしまうのが当たり前なのかもしれません。
それでも歴史から学ぶことよりも経験則が重要に感じてしまっているようなのは人類の歴史を生かせていないようで残念です。
人類は常に経験したことの無い変化にさらされ続けていると言えます。
過去を振返って評価するのは未来を予測することに比べれば簡単であると言えます。
私は先人が経験して分かったことをこれ見よがしに評価することにあまり意味を感じません。
先人の経験を踏まえて現役世代の我々が歴史を歩んでいます。
改革を意識するのではなく常に改善を積み重ねていくのが、2600年を重ねると言う私どもの勤めであるようにも思います。
若手が作られているそうなので、若手よりになることは当然でしょうけれども、「若者の社会貢献意識は高いのに活躍できていない」と言うのは疑問が残ります。
私の周りには若手で社会貢献をしっかりして活躍している人間が沢山います。
活躍できていない方は活動していないだけのように思います。
思っていても実行動が伴わなければ認められることは有りません。
相手に慮ってもらうことだけを期待していては、通常の社会活動においても評価をされることは少ないように思います。
興味深い視点は、年配の方がつながりを求めていることや働いている人間や3世代同居の方の方が生きがいを感じていると言うことです。
あまり知られていない事実として、治療費の3分の2近くが晩年に費やされる点は世間からも今後着目されていくものだと思いました。
政府支出の内訳においても現役世代や子育て支援よりも高齢者に使われていることも議論の対象になることでしょう。
なによりも勤労者が高齢者を支えると言う考え方からパラダイムシフトして、子供を大人が支えるとすれば、子供を支える大人(子供一人辺りに対しての大人の数)は増加しています。
社会を変えられ無いと思う輩はいつの世になっても変わらないことでしょう。
ネットとのつながりにおいても、情報を正しく使えないことも今に始まったことでは無いように思います。
課題先進国である我が国は恵まれた環境にあります。
公に頼らず民で多くのことを成し遂げている人間は増えています。
公志園の活動はその最たるところでしょう。
公に求めることは志・信念に燃える民の力を大いに活用できるような法整備がなんであるかと考え実行していただくことかなあと思った次第です。
やはり、評論家ではなく生きている現役世代として自らの意思で一歩前に進むことが何より肝要だと思います。
自分自身は生きている限り常に現役として世間に責任を持ち、自らの信念に基づき、より良き社会の創出の為に尽力してまいります。