変わり続ける世界で

生まれた頃は冷戦状態の環境で、主に二大国が世界に大きな影響を与えていました。
その後、パクスアメリカーナを迎え、今ではアメリカファーストと言い出すように特定の大国が世界を牛耳る時代から変遷に至りつつあります。
それでもいつの世も大国は存在しうるので、次世代のパクスを狙っている国家があるのだろうとも思います。
冷戦では勝利を向かえた西側陣営についていた日本は現時点でも多くのメリットを享受しているのは間違いないでしょう。
とは言え、次世代にはどこがどのように動くのかまだまだ混迷を極めているとも言えますけど、これはある意味世の常であって、変化が無い環境が生まれることは無いでしょう。

平成は戦争に巻き込まれることが無かった平和な時代と言えることは間違いありません。
ただし、平和の反対が戦争では在りません。
平和の反対は混沌です。
戦争は政治の一手段でしかありません。

戦争を避けるがために自分たちの自由を奪われることを甘受するかどうかは国民の中でも意見が多く分かれることでしょう。
私は日本語が奪われ日本人の自治権が未来永劫認められないことを条件に安全を保障されることには大きな抵抗があります。
例えていうならば、奴隷として自由がない代わりに安全を約束されるのか、自己破産のリスクがあったとしても自由を求めて戦う姿勢を保つのかのような違いに感じます。
現時点で、日本の国家が衰退の危機にあると浜では思いませんけれども、国家意識というものが希薄になりつつあることにはある程度の危機意識を持っています。

皇紀2679年が保たれ続けているのは決して容易な道ではありませんでした。
先人の知恵と努力によって様々な国難を乗り越え、国体の固持を保てています。
この想いをしっかりと次世代に伝えて、更なる明るい未来を感じ取れる時代を継承したいと考えます。
知ったものの使命は大きいと感じています。
世の中にはあまり意識もせず課題にも気付けていない方が多くいらっしゃるのでしょうけれども様々な社会課題に人生を掛けて取り組んでおられる方も少数なれどいらっしゃいます。

私自身も気付いてしまった者の使命として、更なる一歩を踏み進めてまいります。