盛者必衰の理

歳を重ねる毎に体力等の衰えを痛感します。

今までの健康に胡座をかいていたのでは、この先今まで通りの生活が出来ないことは自明の理となりました。

表題はそのような意味合いでは有りませんが、第三者からの評価を指し示す言葉で有って、当人にとっては志高く邁進していれば、他者評価は気にならないように出来るのではないかと考えた次第です。

停滞しているだけでも、第三者からは衰退と捉えられる場合が有ります。

人の力は原動力に成りますが、どんな事象にも『時の利』が無ければ大きなうねりや人智を超えた成果は望めません。

このうねりは意識して創れるものではなく、本人の人徳によって生まれ、周囲からの共感を得るなど、一朝一夕ではなく一定の期間を要すものです。

久方振りにお会いした方から役職などについての祝福コメントを頂戴し、有難く思いつつも、ここに至る迄の道のりは私にとっては大分遠回りをしたようにも思っています。

ただし、この期間を経たお陰で自分自身の成長が出来ているとも感じています。

『艱難汝を玉にす』の通り、苦労した経験こそが、自分自身の最高の成長の糧とも感じます。

コンフォートゾーンにいては成長は望めません。

自分自身で動き成長出来る場を求め続ける必要を感じます。

それは外天地を目指すと言う必要があるのではなく、身の丈に有った成長機会の場がどこで有るかを見極める能力を磨く必要もある事でも有ります。

出来もしないことは何度やっても出来ません。

何事も出来ないことを何度かやって出来るようにはなるもののそれには適切なステップが必要です。

学校ではそれを教えてくださり、学ぶ機会を得るわけですが、社会人はそういったことを自らが学び習得しなければなりません。

その為には率直に意見を下さる方を沢山持つ事が必要です。

貞観政要では諌議大夫と言う職まで有るほどで、立場が上になればなるほど指摘の機会が減るので、強制的に受けるか自らが気づけるよう学び続け無ければ成りません。

歳を重ねて体力のピークはとうに過ぎたことを実感しましたので、立場を与えられた今人格としても道を誤らないよう努めてまいります。

恵まれて周囲には多くの素晴らしい方がいらっしゃるので安心もしていますが、自分自身の気概を失わないよう気をつけたいと思います。

山口六平太という漫画で『中年の危機』と言う回が有りました。

私自身その年齢に差し掛かってまいりました。

五十を超えて正にその現象を迎える方が多いことを見るにつけ、やはり志というものが大切で有り、第三者評価を軸にしていては人間としての魅力が下がってしまうことを体感もしてまいりました。

いくつになっても志を持ち、実行されている方には魅力を感じます。

生涯現役で魅力を持って生きていく為に知力・体力・気力を大切にしてまいります。

先週は稲盛氏の訃報に接しましたが、今週はエリザベス女王も崩御されました。

改めて歴史を振り返り、これからの時代のうねりを想像して行きたいと思います。